「坐骨神経痛で仕事を休むと気まずい」と付き合うための心理学

どうも、坐骨神経痛持ちの小和田です。

坐骨神経痛になりたてだった頃、歩けないくらい激しい坐骨神経痛が出ても、頑張って何とか出勤しようとするタイプの人でした。

坐骨神経痛歴5年になった今なら、普通に休めばいいってわかります。

でも、坐骨神経痛ビギナーだった当時(20代後半)は

休むなんてありえない!
みんなに迷惑かけちゃう!
今日進めておかないと来週の納期に間に合わない!
私が任せられた仕事なんだから他の人に任せちゃダメ!
最後まで責任もってやらなきゃ!
タクシーだったら出勤できるかな…
午後からでも出勤した方が…

とかなんとか考えてました。(自分で自分にブラックな働き方を課していた)

普通に考えて、タクシー使わないと出勤できないレベルなら、会社に来られても迷惑だから、休んでてくれよって話なんですけど。笑。

ただ、当時は年齢だけでなく精神年齢も若かったので、
仕事を休むこと自体がありえない!
体調管理ができてないなんて社会人として失格!
…だと思ってました。

結構本気で思ってたので、なかなか面倒くさい女だったと思いますよ。笑。

まあ、私に限らず、20代の女性ってこんな感じでメンタル激弱なのをとりつくろおうとするあまり自分に(他人にも)変に厳しい人、結構います。笑。

女性が人生で必ずぶつかる課題なんじゃないかと思うくらい。
(メンタル強い人は知らん。笑。)

5年のあいだ坐骨神経痛と付き合ってみて、私が最も大事だと思ったのは「考え方、生き方」だったりします。

「会社は休めないもの」と思い込んでいるようなマトモじゃない精神状態は、普段はあんまり支障がありません。(生きづらさはあるけど)

が、坐骨神経痛が出たらものすごく支障が出ます。仕事にというよりも、精神的にです。

自分という人間は価値がないのではないか、
いらないと思われてしまうんじゃないか、
休んだらそれが明るみに出てしまうんじゃないか、

などの自己肯定感の低い考えが湧いてきて、自分をさいなむような感じです。

坐骨神経痛って何で休みにくいかって、

「周りによくわかってもらえないから」
「分かってもらえるような説明がうまくできないから」
「分かってもらえなくて説明を諦めているから」

なんですよね。

根本にあるのは「どうせ分かってもらえない」という孤独感と、「他人は私の痛みがわかる努力をしてくれない」という拗ね。

「私がいないと周りの人を困らせてしまう」という”自分は欠かせない存在である”感(気持ちいいよね~)。

「私がいないとみんな困るから、無理してでも頑張らなきゃ」というけなげなヒロイン感。(浸ってるよね~)

「説明したってわかってもらえないんだから、どうせ私が一人で耐えてればいいんでしょ!?」という拗らせ。笑。(誰も言ってねえ~)

誰かに「大丈夫?早退したら?」って言われても(帰れってこと?私、要らないんだ…)とか、相手の善意ですらグッサリ傷つく繊細さ。(面倒くせえ~笑)

コレ、心理学をかじってみてわかったのですが、休めない問題は坐骨神経痛まったく関係ない。

何故なら、坐骨神経痛以外で休む時も同じように

どうせ許されないんでしょ!
心のどこかで疎まれてるんだ!

って考え方になっちゃってるから。

だから、例えば

インフルエンザになった時でも、
親戚がなくなった時でも、
家族が救急車で運ばれた時でも、
骨折した時でも、

基本、仕事行こうとしちゃう。

行かないと人間として失格!周りに迷惑かける!とか思っちゃってるから。

シンプルに、世界観がすげーーー厳しいの。笑。

その世界に生きていて「坐骨神経痛を治さなければ」とか頑張ってるから、すげー苦しい。生きていると我慢ばっかりで、頑張りつづけるから、生きづらさや不自由さや苦手意識を感じてしまう。

つまり、坐骨神経痛で歩けない!でも休むなんてありえない!って板挟みになって苦しんでる人は、優しい世界観になればいいわけです。

坐骨神経痛がなくなればいいのではなく、坐骨神経痛が出ていて歩けないのに仕事を休んではいけないと思っている「問題意識」がなくなればいい。

誰からも責められないと安心し、周りの人の優しさに遠慮なく甘えて、気兼ねなく罪悪感なくドップリ休めるようになればいいのです。

でもまあ、根本的な世界観の書き換えはめちゃくちゃ時間かかるので、坐骨神経痛持ちさん向けの方法でいうと

  • めちゃくちゃ大事な人(家族やパートナー、親しい友人、ペット、二次元の嫁・旦那)が坐骨神経痛で歩けなかったら、自分はどんな行動をとるかイメージする(できれば書きだす)
  • それを自分にしてあげる

まずはコレをやってみてください。できるものから順番に。

自分で自分をめちゃくちゃ大事にする、自分を愛する、自分を好きになる。って、そーゆーことです。

ちなみに私が一番最初に自分にやってあげたのは

「坐骨になってもがんばろうとするなんて偉いよ」
「責任感が強くて人間として素晴らしい」

などの労いでした。毛布に包まれつつ、自分で自分の頭を撫でたりしました。

つぎに、

「洗濯とかも今日はいいから、とにかく休みなさいっ!」
「痛い時まで頑張らなくていいから!」

などの過保護なオカン。笑

それから、

「痛い時はあっためるのよ!」
「体を冷やさないように!」

って感じで、暖房、毛布、カイロなどで徹底的にぬくぬくさせたり(私はあっためると良くなるタイプでした)

「一番ラクな姿勢でじっとしてなさい!」
「あんたソレ痛いんちゃうの!?」

って感じで、腰の下に毛布を丸めて痛くならないような環境をせっせと作ったりしました。

最終的には、彼氏に向かって

「痛いよお、ナデナデしてえ」
「ねえねえ、お腹空いてきちゃった」
「あったかいお茶いれて」
「おんぶ」

までできるようになりました。

20代女性の課題に「自分の優先順位が低い」ってのがあります。

自分よりも周りの人を大事にする。気を遣う。自分の優先順位が低い。

自分の優先順位を最優先にするのが宿題。母親よりも、パートナーよりも、上司よりも、です。

小さい頃から気を使ってきた人は特に、社会に出るとぶち当たる壁です。これが出来ないと、いつまでもココで躓き続ける。コレが出来ないと人生が苦行です。

自分のために、「他人にお願いする」「他人に助けてもらう」「他人に頼る」をする練習をはじめていかなければいけないのですよね。

それが、私の場合は「坐骨神経痛の痛みを理由にして、誰かにオネガイする練習をはじめた」って感じでした。

でも、練習を繰り返していくうちに、ジワジワと「お願いしても嫌われなかった」「こころよく引き受けてくれた」という証拠が集まってきて、「自分は助けてもらえる品減なんだ」という自信が付き始めます。

そうなると、坐骨神経痛で休んでも「助けてもらえちゃう♡」「ゆっくり休もうっと♪」ってマインドでいられるようになります。

はじめは罪悪感やら恥ずかしさやら情けなさやら、とにかく自分との戦いです。

坐骨神経痛で休んでいて罪悪感やソワソワ感、居心地の悪さでじっとしてられない人は特に、です。

私の場合だと、「ネガティブな感情が湧いてくるので大人しく寝てられない」「横になってるときは、考えごとをしたり調べものをして気をそらす」との戦いでした。

とにかく「何もせず、ネガティブなことを考えず、自分の身体に耳を傾ける」というのが難しかった。笑

でも、少しずつ、自分の味方でいることができるようになってきます。

はじめは自分に厳しくするやりかたしかわからないので、戸惑いますが、人生で乗り越える課題だと思って、自分を大切にする方法をたくさん試してみてください。

坐骨神経痛を活用する場面は、こういう所にあります!

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